博多祇園山笠シーズン真っ只中の7月8日、博多織工業組合から、承天寺へ博多織の袈裟が贈呈されました。
左から、博多織デベロップメントカレッジ・庄嶋理事長、博多織工業組合・寺嶋理事長、承天寺・神保至雲住職、筑前織物(株)・丸本社長。
7月12日の追い山ならしと15日の追い山は、櫛田神社をスタートし清道旗のたつ東長寺と承天寺を通りますが、この承天寺は、博多を代表する「博多織」と「博多祇園山笠」に深い由来のあるお寺です。
2007年1月、初めて博多織工業組合の組合員・筑前織物株式会社が博多織の袈裟を製作し承天寺に贈呈し、今回で2回目となります。
博多織工業組合・寺嶋理事長から、承天寺・神保至雲住職へ贈呈。
承天寺は、博多織の発祥とされるお寺です。
約770年前、一人の僧・円爾(承天寺の開祖、後の聖一国師)と博多商人・満田弥三右衛門(博多織始祖)は一緒に宋に渡り、それぞれ多くのことを学び帰国しました。1241年、聖一国師が承天寺を開山。満田弥三右衛門は、博多で独自の織りを作るため聖一国師に教えを請い、仏具の独鈷、華皿を図案化し博多織の原点の献上柄を編み出しました。
「この袈裟が何百年も残るよう受け継いでいきたい。これからの山笠の行事でもこの袈裟を着けて博多織をPRします」と神保至雲住職。
昨年初めて贈られた袈裟は、錦地に寺の紋「九条藤」をあしらったもの(冬物)で、今回は、夏物が贈呈されました。
袈裟の制作には、神保至雲住職のアイデアも反映されており斬新なデザインとなっています。また、それを形にするために筑前織物の職人さんも半年をかけて織り上げられたそうです。
今回の袈裟は、寺の紋「九条藤」と裏紋「菱松」をあしらった紗の地に、献上柄の縁取りがほどこされ、夏物らしい涼しげな見た目に、気品が感じられます。
約770年の伝統と歴史を受け継ぐ現在の住職のアイデアと職人の技術によって、新しい博多織がお目見えです。
ところで、博多祇園山笠の起源も承天寺・聖一国師にあると言われています。
聖一国師が帰国した1241年、博多では疫病が蔓延しており街は危機に瀕していました。それを見た聖一国師は、疫病を退散するため施餓鬼棚に乗って祈祷水をまき博多の街を救ったといわれています。
現在では、山笠発祥の地に承天寺に敬意を表し、清道の一つとして寺の前に清道旗がたてられ、毎年ご住職は、施餓鬼棚に乗って追い山の表敬を受けられます。
「施餓鬼棚」
今年7月12日の追い山ならし、15日追い山の両日、神保至雲住職は新しい博多織の袈裟を着て山笠の表敬を受けられます。
ぜひ博多祇園山笠発祥の地、承天寺で追い山をご覧下さい。
