友泉亭商店連合会「愛のまちづくり、イメージチェンジプロジェクト!」

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城南区の友泉亭商店連合会では、会をあげてまちづくりへの取り組みをはじめました。

福岡で純日本式庭園として有名な「友泉亭公園」は、江戸時代中期に造営された黒田藩主の別邸でした。


<昭和初期に建てられた本館から望む庭園は、日常の慌しさをしばし忘れる風景です>

友泉亭商店連合会(以下、当商店街)は、この友泉亭公園から南へ400mほど行ったところ、城南区の東部を流れる樋井川と片江川の合流地点から南へ約300mにわたり道路を挟むかたちで広がっています。

所在は、古くからの住宅地が広がる城南区友丘地区ですが、史跡「友泉亭」にちなみ、友泉亭商店連合会と名づけられました。
(油山観光道路と地下鉄七隈線の中間に位置しています)

昨年(平成17年)より、当商店街のメンバーと当所西センター城南区担当職員(松尾経営指導員)は、当地域の商・住環境等の分析や問題点の検討を行ないつつ、今後の活動計画など議論を重ねてきました。

そして、各メンバーの事業活動の活性化をもって、地域の活性化につなげようと方向性がまとまりました。「当商店街がこの地域の一機能となり、地域の活性化とまちづくりのために一役買おう!」とメンバーの中に共通の認識がうまれ、地域の観光資源の発掘や情報発信の必要性が確認されました。

まずは、各メンバーの活力強化を図ろうと、「商店街地域の経済活性化にむけたIT活用とコミュニティ」というテーマで、パソコンの勉強会を始めました。講師は松尾指導員が担当し、テキストも当商店街メンバー用に作成したものを使用。

平成17年7月から9月にかけて2ヶ月間、仕事が終わってから午後8時から1時間程度、週に3回のペースで実施しました。メンバー11人が参加しました。

パソコンのスイッチの入れ方から始まった勉強会ですが、今までは自店の経営とは縁がないと思っていたパソコンが、役に立つ身近な道具だと分かり修得ペースも回を追う毎にアップしていきました。

最後には、全員が自店の販促用のハガキやチラシ、店頭ポスターを作れるようになり、全員無欠席で終了式をむかえました。

地域の商店街のメンバーが一丸となって取り組んでいる活気が、お客や道行く人に伝わってほしいと、店頭でオリジナルのチラシやポスターを掲げ、商品のステッカーを作るなど研修の成果を披露しています。

<漬物専門店 矢野商店さん>

通りに面したウィンドウに並んでいます。


<お米の専門店 屋部商店さん>

米粉パンのチラシを作ってみました。

<生活雑貨屋 ありよしさん>

季節の雑貨や食器などのおすすめ品を紹介してます。


<和菓子処 清致庵さん>

イチオシ商品のPRチラシを作ってみました。


この一連の活動や研修内容が今年1月、西日本新聞の社説で紹介されたところ、記事を読んだ方から、「地元の商店街が、地域の活性化に取り組み、積極的に頑張っていることを知ってうれしい」等の声が商店街に寄せられたということです。

パソコン研修の終了後は、「まちづくりと観光資源の発掘、まちなか観光」について研修を行うこととなり、引き続き、当所西センター職員が協力していくこととなりました。

<街づくりへの課題>
当商店街は、道路を挟んで商店が集積した地域です。長年の悩みのタネは、歩道・買い物道路・駐車場の問題でした。

昭和58年に六本松―油山線、通称・油山観光道路が開通し、周辺の道路事情は整備されていきましたが、商店街を通る道路は手付かずのままとなりました。それでも、福岡大学方面へ通じる主要道路として、従来と通行量はさほど変わりません。また、平成17年の地下鉄3号線開通による影響もまだあわられていないようです。

道路が狭く車両通行量の激しい中、消費者が買いまわるには、どうしても車道を横切ることになり、特に子ども連れ、高齢者、体の不自由な人が安心して通れる買い物道路としては適当ではありません。安全な街づくりの最低の条件である道路事情の改善は、ここ近年の行政の政策をみるとほとんど望めないのが現実です。

まちづくりのテーマは「愛のまちづくり、イメージチェンジプロジェクト!」に決定しました。

友泉亭の「ゆうせん」にかけて、愛を“優先”にしたまちづくりをコンセプトに、長年の課題である狭い道路事情を人々の意識改革によって解決しようとするものです。人に車にやさしい安全な街をめざして様々な取り組みを企画しています。


◆友泉亭公園物語◆
友泉亭は、宝暦4年(1754年、江戸時代中期)に筑前黒田家6代藩主黒田継高公が早良郡田島に別邸として造営した大名庭園です。

「友泉亭」とは、久世通夏(くぜみちなつ)の和歌「世に堪えぬ 暑さも知らず 湧き出づる 泉を友とむすぶ庵は」から名付けられました。代々藩主の別荘として、また狩りの時の休憩所などに利用されていました。黒田家の家風を反映してか、大名庭園としては質素、堅実で実用的なものだったようで、今でもそのたたずまいは感じられます。

明治維新後は、樋井川村所有となり小学校や役場として利用されたようです。その後幾度かの変転の後、昭和初めに貝島家所有となり、現存する建物は近代和風建築物として貴重です。

1ヘクタールの敷地内には古木・大木が多く残っており、昭和50年代に入って、池や本館を整備し、茶室の庵など設け、歴史公園として新たに生まれ変わり、市民の憩いの場所となりました。

池泉回遊式の大名庭園として誕生し、明治、大正、昭和と時代とともに変遷を辿りつつ、今に至っています。

近年は外国からの観光客も訪れ、純日本式庭園を堪能できるスポットとして喜ばれているようです。
(参考:友泉亭公園パンフレット)

地域のシンボル「友泉亭」とともに、活気に満ちたまちづくりへの挑戦は、始まったばかりです。
(福岡商工会議所ニュース平成18年4月号「わが街聞きある記」にも関連記事が掲載されています)

『友泉亭商店連合会』
代表者:会長 屋部憲次((有)屋部商店)
会員数:19店舗
所在地:城南区友丘2丁目(地図)

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コメント(2)

道路が・・・
もう少し道路が広く、信号があるといいのですが。道路を渡るのに、「エネルギー」がいるので、ついついレッドキャベツでの買い物になってしまいます。
この危ない道路のために、友泉亭商店街が、なじみが薄くなっている傾向があると思いますが。どうにかならないものでしょうかね。

コメントありがとうございます
私も取材に行って、道路問題の切実さを感じました。商工会議所としましても、商店街の皆さんとともに安全なまちづくりのアイデアを考えて、実行に移していけるよう努力してまいります。
今後ともよろしくお願いします。

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このページは、yamasakiが2006年4月 7日 16:51に書いたブログ記事です。

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